京都御所・秋の一般公開 の続きです。
紫宸殿の北西に「清涼殿」があります。
「清涼殿」は平安時代には、天皇が日常の御生活の場として使用されていた御殿で、
入母屋桧葺きの寝殿造り。
現在の建物は安政2年(1855年)に古式にそって再建されたものらしいです。
こういう日本の建造物って、とても開放的で、風通しがよさそうな造りですよね。
つくづく夏向きに建てられているなぁと思います。
御簾と釣り灯籠。
御殿の前には、「漢竹」と
「呉竹」が植えられています。
この竹が植えられていることについては、
「枕草子」にもその記述があるそうなので、
古からなんらかの意味を持たせて植えられているのでしょうね。
清涼殿の前の砂地は「東庭」と呼ばれ、
明治以前には、ここで小朝拝が行われていたらしいです。
菊の飾り。
屋根にも菊の飾りが♪
そして瓦にはひとつひとつ菊の御紋が。
ほうきのような(?!)垣。
清涼殿を後にして、欅橋がかかる「御池庭」へ。
ここは池を中心とした回遊式庭園です。
手前の石は州浜、そして船着きまで飛び石が設置されています。
大きな錦鯉が泳いでいました。
「小御所(こごしょ)」
諸種の儀式が行われ、武家との対面にも用いられました。
寝殿造りと書院造りを混ぜ合わせた様式の建物。
ここでは毎年、何かしらの人形の展示があります。
今年は「陵王(蘭陵王)」をはじめとする雅楽のお人形でした。
以上、Wikipediaより。
陵王は絶世の美貌だったのですが、その美貌を面で隠して戦ったらしいです。
ところでこの出立ちは最近どこかで見たな…と、思ったのですが、
先日、「梨木神社」で奉納されていた雅楽がこの陵王の踊りだったのだと、
これを見て気づきました。
「東遊」 奥にも2名います。計4名、または6人にて舞を踊ります。
「安摩(あま)」 二人舞。
雑面(ぞうめん)という長方形の厚紙に白絹を張り、墨で顔を描いたものをつけ、
右手に笏(しゃく)を持って舞います。
まるで千と千尋の神隠しに出てきた神様のようですね。
(というか、あちらの神様がこの安摩をモデルにしているのですね…^-^;)
「御学問所(おがくもんしょ)」
そして、その手前は「蹴鞠(けまり)の庭」。
入母屋桧皮葺き、書院造りの建物。
御読書始めの儀、和歌の会などが催された場所。
「岳陽楼図」 原在照・作。
諸大夫の間の桜の襖絵の絵師さんですね。
「蘭亭の図」 岸岱(がんたい)・作。
こちらは虎の絵師さん。
「十八学士登瀛州図」 狩野永岳・作。
そして最後が鶴の襖絵を描いた人と同じ。
鬼門に植えられている南天の実が赤く色づいていました。
御池にかかるもうひとつの橋。
庭園の奥のもみじが、わずかに色づいていました。
その3に続きます。
↓
kazenonakanotabi.hatenablog.jp
その1はこちら ↓
kazenonakanotabi.hatenablog.jp
(2015.11.10追記)
2015年度の一般公開では、小御所の襖絵を詳しくご紹介しています。
↓ よろしければご覧下さい。m(_ _)m